利害関係のある人に親身になるのは難しい

これは人に語りかけているように見せかけた自分のための記事です。

 

仕事上のお客様や仕事仲間、上司と親しくなって、仕事上がりに一杯飲みに行ってオフレコの愚痴を聞くなどといったことが、社会人ならままあると思う。

家族と一緒に酒を飲んでいたら妙に深刻そうな面持ちで重い悩みを打ち明けられた、などという経験のある人も少なくないだろうと思う。ドラマの見すぎかもしれないが。

 

言って楽になるくらいの愚痴なら言うだけ言ってスッキリしてもらえればいいのだけど、酒と悩みが過ぎて人生相談の体になってくるとそうも言っていられないことがあったりする。というか、私にはあった。

 

私はだいぶ他人に共感しがちな性格をしている。何かと友人の悩みを聞くことも多く、深く話を聞いていくうちにその辛さをロールプレイしてしまって自分が当事者のように辛くなることもままある。

そんな心境で話を聞いて受け答えをしてくれるのだから、悩みに共感してほしいタイプにはまぁウケる。私も頼られるのが嬉しいのでまぁ聞く。

こういう場合、悩みを聞くだけ聞いてもらってどうするかは本人次第で、私のあずかり知らないところだ。

これが共通の友人と関わる恋愛相談だったりすると後から多少の火の粉が降ってきたりもするけれど、根本的には私とは関係ないところの話なので悩みに共感することによる辛さも喉元過ぎればなんとやら、だ。

 

これが家族だったり仕事付き合いのある相手だと、そのお悩み相談の後に起きることが高確率で自分に降りかかる。

わかりやすい例でいえば親や仕事仲間が何かに悩んで転職を考えていると相談してきたら、自分の生活や仕事に影響することが当たり前に予想できるだろう。

 

そういった相手の相談にひとかけらも私情を交えずに乗って、その人のためだけを考えてアドバイスできる人がいたら私は素直に尊敬する。

つまり私には難しかった。アドバイスに「私はこうしてほしい」を交えてしまい、相手の悩みを深めてしまうことになった。

 

何かと話を聞く側にまわりがちな私はこれからも色々な人の悩みを聞くこともあるだろうから、備忘として書き留めておこうと思う。

 

自分の中で何らかの役割を持っている人の悩みを聞くときは、自分の中に「この人にどうなってほしい」という思いが少なからず生まれる。私はそういう人間だ。

だから、最初にそれを相手に教えておいた方がいい。

自分の思いを横に置いて人の話を聞けるほど私は人間ができていないことを覚えておいてほしい。

 

思考を吐き出してスッキリしたついでにいつかの自分の薬になったらいいな。